誰から教わるか?
スポーツでもビジネスでも、それ以外でも、あらゆる場面でとても大切なことだと感じています。

公園の様子を見ながら感じること

現在の自宅の前には小さな公園があります。

小さい公園なのですが、周囲にはぐるりと高いネットが張られていることもあって、公園内での球技がOKらしく、

バスケットボール(ゴールが1つあり)、サッカー、キャッチボール、野球など

球技を楽しんでいる人が結構多いです(なかには深夜に騒ぐとんでもない連中も!)。

また、年齢も、学生風の大人たちから子供同士、親子などいろいろです。

そんな公園の様子を楽しそうだなと思いながら、ボケッと眺めていることがあるのですが、親子で野球をやっている姿を見ると、ちょっと反応してしまいます。

その野球少年は上手なのかな?
野球が好きなのかな?
親子で楽しそうだな!
などなど。

さらに、お父さんが教えていたり、コーチ風の人が指導をしているのを見ると、どんな教え方をしているのかも気になるところです。

なるほど!
と思うような教え方をしている人もいれば、

もう少しちゃんと教えてあげればいいのに!
とか
それでいいのかな?
なんて感じることもちょこちょこあり。。。

なにが正しいのか?
正解は1つではありませんし、私が知っていることなんて限られています。

ただ、それにしてもちょっと子供がかわいそうだな・・・なんて感じることも。

そんな様子を見ていると、

誰から教わるか?

ということがものすごく大切なのだと、改めて感じさせられます。

自分のことを振り返ってみると?

ふと自分自身のことを振り返ってみると、

誰から教わるか?

について、恵まれていたこともそうでなかったこともある気がします。

どちらかというと、恵まれていたことは忘れがちで、マイナスの記憶のほうが強く残りがちですが、それを差し引いてもいろいろありました。

ほんの一部だけ、簡単に評価してみました。

仕事(会社員)

営業部門:×=>よくありがちな「OJTという名のほぼ放置」系で体系的に教わった記憶なし。
必要最低限の専門知識を身につけて、あとはお客様をひたすら回ることが求められ、教わった記憶はほとんどなし。結果、自己流。

経理部門:△=>業務遂行上、必要最低限の知識はOJT。
会社独自のルール、会計ソフト等の使用方法については教わった。

勉強(受験生)

高校:×=>ノーコメントで。。

塾:○=>良い先生を求めて遠方(都内)まで通っていたので満足度高。

税理士試験

専門学校:○=>初期の頃に先生による大きな違いを感じ、それ以後、先生選びにこだわった。

野球

中学時代・高校時代:×=>ほとんど教わった記憶なし。

大学時代:△=>仲間、先輩等から教わったものの教えるプロからの指導なし。

ゴルフ

初心者〜現在:△=>ほぼ自己流も、本、DVD、インターネット等による情報収集は多数。

それぞれの評価は別にどうでもいいのですが、全体を通して改めて振り返ってみると
・自分で選べたもの=>評価が高い
・自分で選べなかったもの=>評価がイマイチ
だったということになります。

ちなみに、仕事について「教わる」ことを前提とするのではなく、
・自ら聞きにいくべき
・教わるのではなく盗むべき!
なんていう話はとりあえず置いておきます。。。

選べるならしっかりと見極めを

このように、ごく当たり前のことなのですが、「教わった」ものについて

自分で選んだ場合には納得感があり、選べなかったものには納得感がない

ものが多かったと思います。

会社、学校、スポーツ(チーム)などは選べませんでしたし、
塾などの先生や師匠(勝手な思い込みを含めて)は選ぶことができました。

自分のなかでの評価が高く、納得感がある場合、結果も良くなりますので、やはり
「誰から教わるか?」
は大切だと思うわけです。

だからこそ、
もしも「誰から教わるか?」を選べるならば、しっかりと見極めることが大切!
だとしみじみと感じています。

現在も様々なセミナー、勉強会等に参加していますが、
誰から教わるか?
にはこだわっています。

成果にはっきりと差がでますので。

逆に「教える立場」になる場合には、「選んでいただけるような存在」にならないといけないというプレッシャーもありますね。


【編集後記】

昨日はマッサージと昼食で外出した以外、事務所(自宅)にこもっての事務作業、資料作成等で1日が終わりました。
吉本興業社長の記者会見を横目でチラチラ眺めつつ、でしたが。
 
【昨日の1日1新】
「1日1新」とは→詳細はこちら

らっくす